35から400へ:キタケバナウォンバットの40年をかけた復活
英文:From-35-to-400-the-40-year-resurrection-of-the-northern-hairy-nosed-wombat
記者:Neal McLaughlin
発信元:A-Z Animals
記事発信日:2026年1月22日
翻訳者:M.A.
1980年代初期、少数の科学者と自然保護活動家たちは受け入れがたい現実に直面した。かつてオーストラリア東部ほぼ全域に生息し、穴堀をする有袋類のキタケバナウォンバットの個体数が、約35頭まで減少し、クイーンズランド州中部にのみ生息することが分かった。数百万年も生き延びていた種が突如、絶滅寸前にまで追い込まれていた。その後の40年間は、キタケバナウォンバットを救うため、集中的な科学的研究及び粘り強い実地調査が行われ、慎重ながらも状況を楽観視できる時期となった。これらの活動が成功しているかと聞かれると、種の回復は依然として不安定なままだが、多少の自信をもって、今のところはうまくいっていると答えられるだろう。
危機的な状況
キタケバナウォンバット(Lasiorhinus krefftii)は穴掘をする中型犬サイズの筋肉質な草食動物である。粗い灰褐色の毛を持ち、名前にある通り鼻が毛におおわれている。南部に広く分布する近縁種とは異なり、キタケバナウォンバットは砂質土壌に広い巣穴を掘ることを得意とし、ほぼ在来の草のみを食料としている。さらに、地球上で最も珍しい有袋類の一つでもある。
(写真注釈)キタケバナウォンバットは世界で最も珍しい有袋類の一つである。
1982年には、キタケバナウォンバットは地球上でオーストラリアのクイーンズランド州中部にあるエッピングフォレスト国立公園にのみ生息していた。ヨーロッパによる植民地化が進む以前は、キタケバナウォンバットはクイーンズランド州、ニューサウスウェールズ州、そしてヴィクトリア州に広く生息していた。しかし、生息地の減少、エサをめぐる家畜との競争、干ばつ、野犬やディンゴによる捕食がキタケバナウォンバットを絶滅寸前まで追い込んだ。
孤立したキタケバナウォンバットの個体群は自然保護活動家たちが言う、いわゆる「単一個体群問題」に直面した。ある地域に種全体が集中して生息すると、感染症の発生、火災、深刻な干ばつのような災害の影響を受けやすくなる。もし、これらの災害の一つが孤立した個体群を壊滅させた場合、それは種の絶滅を意味する。さらに、近親交配などの遺伝的問題も小さい個体群では大きな脅威となり、種の適応力と長期的な繁殖力を低下させる。
最後の生息地の保全
この絶望的な状況に対し、政府は断固とした行動をとった。政府は、1971年にエッピングフォレストを学術国立公園に指定することで、キタケバナウォンバットの唯一の生息地を保護した。保護活動の始まりとしては素晴らしかったが、法的な保護だけでは十分ではなかった。野犬、特にディンゴがキタケバナウォンバットを襲い続けていた。2000年から2001年にかけて、キタケバナウォンバットは約133頭にまで数を増やしたが、そのうち約10%はディンゴに襲われ、命を落としていた。
(写真注釈)野生のディンゴはかつてキタケバナウォンバットにとって深刻な脅威であった。
この脅威へ対応するため、自然保護団体はキタケバナウォンバットの生息地の周囲に12マイル(約20キロ)を超える長さの柵を設置し、ディンゴや野犬による生息地への侵入を防いだ。この対応は状況を大きく変えることになった。設置した柵は外からの脅威を防ぎ、ウォンバットが危険性の少ない状況で穴掘り、食料探し及び子育てができる、より安全で管理された領域を作った。設置された柵は野犬の侵入を防ぐだけではなく、安全な空間を作ることで、レンジャーや研究者がキタケバナウォンバットを捕獲せずに、毛からのDNA採取並び遺伝的解析を用いて、個体の健康状態と頭数を監視することを可能にした。
この対応には、柵の設置以上の努力がなされ、保護団体は生息地の質の維持にも努めた。彼らはキタケバナウォンバットの主食である草の安定した供給、外来雑草の駆除、乾季における水の補助的な提供を行った。さらに、キタケバナウォンバットの健康状態、繁殖率、巣穴の使用を監視し、環境の変化に対応するためのデータを収集した。
しかし、これらの対応は、単一個体群問題の解決には至らなかった。個体群が一つしかないことは、山火事や感染症のような大惨事により、数十年に及ぶ保護活動が台無しになる可能性があり、個体群を増やすことで絶滅のリスクを分散させる必要性を強調していた。
リスクの分散
種の脆弱性を解消するための最初のステップは2009年に行われた。野生動物保護当局が15頭のキタケバナウォンバットを、2つ目に設置された管理柵内区域であるクイーンズランド州南部にあるセント・ジョージの町近くのリチャード・アンダーウッド自然保護区に移動させたことである。エッピングフォレストにいる個体群よりは小さいものの、この保護区は絶滅のリスクを軽減するコロニーとなった。生物多様性を維持するために定期的に動物を保護区に移動させ、設立から間もなくして初めての繁殖成功例が見られた。
2020年代初期には、2つ目の個体群にはおよそ18頭のキタケバナウォンバットが定着していた。これは、エッピングフォレスト以外の地域での生息基盤を築く足がかりとなり、移送による保全が有効であるという証明になった。その一方で、エッピングフォレストに生息しているキタケバナウォンバットの生息数は増加し続け、2021年までには生息数が約300頭に達し、1981年から10倍に増加していた。これはキタケバナウォンバットの保護において素晴らしい進歩であったが、科学者たちは2つの個体群のみでは種の生存に十分ではないと認識していた。
3つ目の個体群の確立に向けて―パウラナ州有林での保護プロジェクト
2024年に保護活動家たちは、セント・ジョージ近くのパウラナ州有林にキタケバナウォンバットを移送した。保護団体は、何カ月も生息地の準備に尽力し、柵の設置や安定した食料の供給と水源の確保、さらには、キタケバナウォンバットが定住できるような巣穴をあらかじめ準備しておいた。
(写真注釈)個体の移送は種が絶滅するリスクを減らし、元の生息地以外での生息数の増加を支える。
約15頭のキタケバナウォンバットが最初の集団として2024年半ばに、パウラナ州有林に移された。2025年7月までには、さらに多くの個体がエッピングフォレストから新しい生息地に追加で移送された。これらの保護活動は、数年で少なくとも約60頭のキタケバナウォンバットからなる3つ目の個体群を作ることを目標として今も続けられている。
この戦略は野生生物学に対する理解の深まりを反映している。「卵は一つのかごに盛るな(=すべてのリスクを一つのものに賭けるな)」という古いことわざは、絶滅危惧種が陥る状況に当てはまる。1つの個体群が災害により壊滅した場合でも、残り2つの個体群が存続するため、3つの安定した個体群の確保は種が生存できる確率を増加させる。個体群を分散させることは、時間経過に伴う遺伝子交換の機会を増やし、近親交配の危険性を減らすとともに、種の適応力を上昇させることにつながる。
保護活動の成功はいまだに予断を許さない状況にある
これらの成果は素晴らしく、大成功のように思える。しかし、個体数が増加しているにもかかわらず、キタケバナウォンバットは深刻な絶滅の危機にある。新しい生息拠点が拡充している状態でさえ、キタケバナウォンバットの全個体数の95%以上は、いまだにエッピングフォレスト国立公園に生息している。この現状は、2つの新しい個体群ができる前ほど影響は深刻ではないものの、山火事や干ばつ、感染症の流行により、キタケバナウォンバットにとって絶望的な結果をもたらすことを意味している。
捕食者の存在も、保護区外に生息しているキタケバナウォンバットにとってはいまだに脅威であり、生息地の消失により新しい個体群の確率が制限されている。さらに、気候変動による降雨パターンの変化は、植物の発育や乾燥地帯での水源の確保に影響し、キタケバナウォンバットの生存に不確実性をもたらしている。
遺伝的な問題もある。小さい個体群はたとえ成長していても、遺伝的多様性に乏しい。研究者たちは将来の世代の健康を損なう恐れのある遺伝的ボトルネックを防ぐため、繁殖管理や個体の移送を慎重に行わなければならない。
(写真注釈)個体数は増加しているものの、キタケバナウォンバットは深刻な絶滅の危機にあり、自然の脅威に対して脆弱である。
一風変わった有袋類の未来を確保する
1980年代初頭には約35頭しかいなかったキタケバナウォンバットが現在では、400頭以上にまで増加したことは、保護活動の素晴らしい成果である。これは種に生き残る機会が得与えられたとき、持続的な保護、綿密な科学的研究、及び柔軟に対応する管理がどれほど大きな成果をもたらすかを明確に示している。
しかし、この個性的な有袋類の未来を確保するためには、保護活動家たちは、少数の保護区の外へ個体群を拡大し、生息地のつながりを強化するとともに、種を絶滅の瀬戸際から救い出したこれまでの継続的な監視と努力を今後も維持していかなければならない。これらの成果は評価に値するが、キタケバナウォンバットの保護活動はまだ道半ばであり、決して終わったわけではない。
感想
キタケバナウォンバットの保護活動に長年にわたって熱心に取り組んできた科学者や自然保護活動家の方々の情熱と努力に、とても感心しました。一方で、一度失われかけた個体数を回復させることは非常に大変なことであり、個体数が増えた現在でも絶滅の危機が完全になくなったわけではないことが印象に残りました。このことから、特定の動物だけでなく、どのような動物についても個体数や生息環境の変化を継続的に注視し、絶滅の危機に陥る前から保護に取り組むことが重要であると感じるとともに、40年にわたる保護活動の過程が詳しく紹介されており、とても興味深く読むことができました。(M.A.)